ムアンシンのメインストリートにある博物館。
結局時間が合わなくて中へは入れなかった。
欧米人向けのツアーガイドの仕事をしているという
男前ラオス人と飲んだ時に聞いた話。
ラオスには大小合わせて全部で68もの部族がいて、
かつてはそれぞれ違う文化・言葉を持ち、
それぞれが違った生活様式で暮らしていたそうだ。
現代ではもちろん、ある程度は均一化されている。
山奥のいわゆる秘境と言われているところにも続々と電気が開通しているし、
道路の整備なんかも急ピッチで進められている。
急速に発達しているラオス経済の中で、特に観光業での収入を考えると、
観光客の及ぼす影響というのは、やはり大きな部分を占めているのだろう。
近年、個人旅行のスタイルとして注目されているエコツーリズム的な考え方や
ロンリープラネットをはじめとしたガイドブックなどの影響もあり、
ラオス国内の主要都市やその周辺はもちろん、
秘境と言われる地域にも続々と観光客が押し寄せ、
(地元の人達からしてみたら)かなりの大金を落としていく。
それにより、当然のようにツーリスト向けに商売を切り替える地元民が生まれる。
そういった人達は、生活の為に英語や欧米文化を勉強し、
バケーションにやってきたツーリスト達を満足させようと努力する。
何故なら、ガイドブックに紹介されなくてはならないからだ。
年々増加しているツーリストを、いかに効率良く
他人のところではなく、自分のところに迎え入れるかを考える。
驚いたことに、どんな田舎町でも英語が通じるし、
レストラン(食堂)は英語表記のある店がほとんど。
それだけならまだしも、西欧料理のなんと多いことか。
それほど欧米人の観光客(馬鹿ンスを楽しむ人達)が多いということだ。
それは僕にとってはかなり衝撃だったのだが、
そんなことは全く問題視されていない。
今、問題とされているのは、こういうことだ。
どこにいても、何をしていようとも民族衣装に身を包んだ物売りが近づいて来るし、
残念なことに、カメラを向けるとお金を請求される事もある。
つまり、秘境といわれる地域で暮らす少数民族の人達が、
近年の観光客増加の影響で変わってしまった、ということ。
昔からこの地で暮らす人や、何年も前の状況を知っている人は、
皆口を揃えてそう言う。
観光客と地元民との歪んだ関係というのは僕も強く感じた。
物売りにも付きまとわれたし、商店でほんのりボラれたりもした。
露骨に嫌な顔をされたこともあった。
僕もただの観光客で、それ以外の何者でもないからだ。
豊かな国、恵まれた国から大金を持ってやってきて、
ツーリスト向けの宿泊施設に泊まり、ツーリスト向けのレストランで食事をし、
喉が渇いたらビール、コーヒー、コーラ、何でも好きなだけ飲む。
水はボトルドウォーターしか飲まない。
もちろん、現地の人からすれば、それは考えられない贅沢なわけで。
そんなお金持ちならば、我々の商品をひとつくらい買ってくれるかもしれない。
そんなお金持ちならば、写真を撮るかわりに幾らか払ってくれるかもしれない。
そう考えるのは健全なことと言えば、そう言えなくもない。
それを寂しいだとか、幻滅しただとか言うのは果たしてどうなのだろうか。
自分達のご都合主義ではないだろうか。
兎にも角にも今のこの状況が地元の人達にとって良い事なのか、
また、そうで無いのかということは僕にはわからないし、
考えるのも無意味かもしれない。
でもそれは・・・
というようなことをつらつらと考えてしまい、夜は更けていくのです。